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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)1071号 判決

原告

小阪克彦

右訴訟代理人弁護士

工藤展久

被告

学校法人藍野学院

右代表者理事

小山昭夫

右訴訟代理人弁護士

木村修治

主文

一  原告が被告に対し、雇傭契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成一〇年一二月から本判決確定まで毎月二五日限り三六万九九七〇円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

1  主文第一項と同じ。

2  被告は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

3  被告は、原告に対し、平成一〇年一二月から本判決確定まで毎月二五日限り三六万九九七〇円、平成一一年から本判決確定まで毎年六月三〇日限り四〇万円、一二月一〇日限り六〇万円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

本件は、被告を解雇された原告が、解雇無効を主張して、雇傭契約上の地位の確認と賃金の支払を求める事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

被告は、昭和五四年九月一四日に設立された学校法人であり、藍野学院短期大学、藍野医療福祉専門学校(もと藍野医療技術専門学校)、滋賀医療技術専門学校を設置している。そして、被告代表者である小山昭夫が理事長を務める医療法人恒昭会(以下「恒昭会」という)が設置する医療法人恒昭会藍野病院(以下「藍野病院」という)、上野芝病院、アイノクリニック、藍野花園病院、青葉丘病院、アイノ診療所等と藍野グループを形成している。

原告は、昭和五九年四月から被告と雇用関係にあり、同月から藍野医療技術専門学校に就労し、その後、藍野学院短期大学、滋賀医療技術専門学校を経て、平成九年一一月一六日、藍野学院短期大学図書館付に配転された。

2  原告に対する出向命令

(一) 被告は、平成一〇年九月一日、原告に対し、同日付けで恒昭会が設置する藍野花園病院に転籍出向することを命じた(以下「第一次出向命令」という)。原告はこれを拒否し、同月二一日、大阪地方裁判所に第一次出向命令の無効を主張して仮の地位を定める仮処分命令の申立てをした。裁判所においては、同月から同年一一月にかけて審尋期日が開かれたが、被告は、同月六日、第一次出向命令を撤回した。そこで、原告は右仮処分命令の申立を取り下げた。

(二) 被告は、同年一一月一六日、原告に対し、藍野病院に在籍出向することを命じた(以下「第二次出向命令」という)。原告は、第二次出向命令についても、これを拒否した。

3  解雇

被告は、平成一〇年一二月一四日、原告に対し、原告が第二次出向命令を拒否し、出向先における就労を拒否していることが、就業規則五六条四号に該当するとして、同月一五日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。そして、予告手当として、四〇万八二六九円を原告に振込送金した。

就業規則五六条は、解雇事由を定めるものであり、その四号は、「勤務成績が著しく劣悪又は性行が勤務に適格でなく改善の見込がないとき」と規定する。

4  賃金

原告の、平成一〇年六月から八月までの月額賃金の平均額は三六万九九七〇円であり、その支給日は毎月二五日である。

また、被告においては、毎年、夏期賞与が六月三〇日ころ、冬期賞与が一二月一〇日ころ支給されてきた。そして、原告は、平成八年から平成一〇年まで、夏期は四〇万円を下らない額、冬期は六〇万円を下らない額の賞与の支給を受けてきた。

二  争点

1  被告に出向命令権があるか否か。

2  第二次出向命令が効力を有するか否か。

3  原告に賞与の請求権があるか否か。

4  原告に慰謝料請求権があるか否か。

三  争点についての当事者の主張

1  争点1(出向命令権)について

(一) 被告

藍野グループは、藍野病院を中心に活動しており、グループ内の職員の採用は、藍野病院において行い、採用後に、応募者の希望、適性などを総合考慮して、グループ内の各事業体に配置していた。原告が採用された昭和五九年当時には、被告は独自に従業員を採用しておらず、原告は、藍野病院において採用したもので、その際、グループ内での配置については、包括的に承諾を得ている。そして、原告は、藍野医療技術専門学校に配置されたものである。

藍野グループ内の異動は、各事業体の法人格が異なる場合でも、実質的に同一企業体と同様に人事交流が行われ、給与、退職金等の処遇の面でも、異動によって不利益はない。そこで、藍野グループ内の他の法人に出向することも、日常的に、多数、個別に同意を得ることなく、行われている。

出向の根拠としては、就業規則第六条一項に、業務上の必要により、職場の変更又は職種の転換を命じることがあると規定しており、これは、藍野グループ内の他の法人への配置転換を含むものである。また、第五二条一項(5)、事務職員退職手当支給規程第六条(4)、(5)、教育職員退職手当支給規程第一三条、退職年金支給規程第三六条、第三七条等は、これを前提とする規定である。仮に、これらの規定が根拠とならないとしても、原告は採用時に出向に包括的に同意しているし、また、出向は慣行となっているものである。

また、原告は恒昭会において雇用され、被告に転籍出向したものであるから、第二次出向命令は、出向元に復帰を命じるだけのものであり、原告の個別の同意を必要としない。

(二) 原告

原告は、当初から、恒昭会ではなく、被告に雇用されたものである。

また、原告が被告に雇用されるに当たって、藍野グループ内の他の法人等に転籍出向することについて包括的な同意を与えたこともない。

被告は、就業規則第六条一項が出向命令権の根拠となるかのようにいうが、同規定は、被告内部における配転に関する規定であって、出向の根拠となるものではない。

また、藍野グループ内において、一般事務職員について、法人の枠を超えた人事交流がされてきたこともなく、これが慣行となっていたとはいえない。

2  争点2(第二次出向命令の効力)について

(一) 被告

原告は、平成九年七月一六日付けで、滋賀医療技術専門学校事務長を命じられたが、理事長や上司の指示に反してなかなか赴任せず、やっと赴任しても、左遷されたと公言してまじめに仕事をせず、職場を乱す言動をとり続けた。そこで、全く異例ながら、四か月後の同年一一月一六日で藍野短期大学へ復帰させ、図書館付にした。右図書館では、従前から二名の従業員がおり、仕事の量としては十分に賄えていたのであるが、仮の職場として、原告を配置したものである。

藍野グループにおいては、近い将来、四年制の大学を設置し、藍野病院などを付属病院化し、被告を藍野グループの中核とする構想があり、その準備を進めている過程にあるが、原告が、右のとおり、余剰人員のようになっていたから、将来に備えて、病院の事務現場を知って貰うために、第一次出向命令を行った。藍野花園病院において、人員不足があったことも、理由の一つである。これに対して、原告が、仮処分命令の申立てをして争ったため、被告は、第一次出向命令を撤回して和解による解決を探ったが、被告が和解に応じないため、第二次出向命令となったものである。第二次出向命令では、和解交渉中の原告の意向を配慮して、在籍出向としたものである。出向先については、藍野花園病院での業務上の必要性が時間の経過によって一段落したため、同病院より事務量が多く、かねて増員の要請があった藍野病院総務課としたものである。

(二) 原告

原告が、滋賀医療技術専門学校事務長を命じられて後、理事長や上司の指示に反してなかなか赴任しなかったり、赴任後左遷されたと公言した事実はない。

滋賀医療技術専門学校については、その校長で被告理事長小山昭夫の実兄に当たる小山恒夫校長との間に対立があったところ、原告は、右赴任に当たり、被告理事長から、校長の言動について報告するように指示されていた。しかし、原告は、その指示に従って行動することは不正行為に関与することになると思われたことから、その指示に従わなかった。また、そのころ、同学校の大野利雄専任講師が学生に虚偽の日誌を書かせという問題及び藍野医療福祉専門学校の田邉泰美専任教員が偏向授業をしたという問題があったが、原告が、小山恒夫校長の指示に基づいて、これらの調査を行った。これらのことから、原告は、被告理事長から、敵側についたと判断され、藍野短期大学に異動となり、また、被告から原告を排除するために、第一次出向命令及び第二次出向命令がされたのである。

3  争点3(賞与)について

(一) 原告

原告は、平成一一年以降についても、過去三年間と同様に夏期については四〇万円、冬期については六〇万円の賞与の支給がされるべきである。

(二) 被告

被告の給与規定第三六条は、賞与の額は従業員の勤務成績等を勘案して決定すると規定しているところ、原告は、藍野短期大学図書室において勤務中、私的な読書をしたり、談話して時間を潰しただけであり、また業務上必要もないのに時間外労働をしたとして時間外勤務手当ての不正支給を受けてきたのであって、これらを考慮すれば賞与が全額不支給となり、或いは大幅な減額がなされることは免れないところであり、少なくとも、右不正支給の事実について調査し確定するまで、その支給が停止されるべきである。

4  争点4(慰藉料請求権)について

(一) 原告

被告の原告に対する連続した出向命令は、雇用者である被告の地位を濫用した嫌がらせであり、原告に対する不法行為を構成する。そして、原告が右不法行為によって被った精神的損害は、少なくとも二〇〇万円を下らない。

(二) 被告

原告に対する第一次、第二次出向命令は、いずれも適法なものであり、不法行為となるものではない。従って、慰謝料請求権が発生することはない。

第三争点に対する判断

一  争点1(出向命令権)について

1  (証拠略)によれば、原告は縁故によって就職したのであるが、そのときから、学校勤務を希望しており、昭和五九年四月一日から雇用され、同日付けで被告による辞令が発せられ、私学学校教職員共済組合員の資格も同日取得し、同日から被告の藍野医療福祉専門学校において就労したものであることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。これによれば、当初から、原告との雇用契約は被告との間で交わされたものといわなければならず、恒昭会が雇用して、即日、転籍したということはできない。(証拠略)によれば、藍野グループは、藍野病院を中心に活動しており、昭和六〇年ころまでは、被告が独自に従業員の採用手続をすることがなく、藍野病院において、採用の手続をしていたこと、被告の代表者であり、かつ、恒昭会の理事長である小山昭夫の面接を受けて採用されたこと、原告の面接は、藍野病院における理事長室において行われたことの各事実を認めることができるが、藍野病院は、単に雇用のための手続を代行したというべきであって、これらの事実から右認定を覆すことはできない。また、(書証略)では、原告の採用年月日が同年三月二六日となっているが、いずれも雇用者が恒昭会であることを示すものではない。さらに、原告が、昭和五九年三月に、恒昭会に雇用された者とともに研修を受けていることも、被告が恒昭会とグループを形成していることからすれば、これをもって恒昭会が雇用したということはできない。(書証略)によれば、原告の出身大学から恒昭会藍野病院に宛てて原告採用の礼状が送られているが、藍野病院が採用の手続を担当したことからすれば、これも前記認定を覆すものではない。

2  被告は、出向命令の根拠として、就業規則(書証略)第六条一項をあげるが、右規定には出向を命じることができるとの文言はない。被告は、右規定が藍野グループ内の配置転換を規定したものというが、文理上はそのように読めず、被告と恒昭会とは同じ企業グループで、かつ医療関係とはいいながら、一方は学校であり、他方は病院であって、その業種には著しい隔たりがあることを考慮すれば、右規定は、被告内部における配置転換を規定したものというほかない。被告が主張するその他の規定については、出向、転籍を前提としたものもあるが、これらは出向や転籍がされた場合の処理を定めたもので、出向、転籍には承諾を得てされる場合もあるから、これらをもって承諾なく出向を命じうる出向命令権の根拠となるということはできない。

3  被告代表者は、原告を採用する際の面接において、原告が出向を包括的に承諾したと述べる。しかしながら、右面接は、一五年も前の事柄であって、被告代表者の供述自体具体的には必ずしも明確でなく、原告本人の述べるところとは大きく食い違い、客観的にこれを裏付けるものはないのであって、被告代表者の供述によって右包括的同意がされたとの事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  次に、被告は、出向が慣行となっている旨主張するので検討するに、(書証略)によれば、一般事務職員で被告から恒昭会に出向した者は、平成九年までは、散見される程度であって、平成九年以降は、六名を超えるが、右の程度の先例では、出向についての慣行があるとまで認めることができない。なお、恒昭会から被告に出向した者はあるが、恒昭会の就業規則には平成三年以降は出向の根拠規定(第一三条)があるうえ、出向を受け入れるからといって、逆に出向を命じうる根拠となるものではなく、教員については、職種が異なり、これを事務職員と同列に論じることはできない。

5  以上によれば、原告に対する第一次及び第二次出向命令はいずれも根拠を有しないものといわなければならない。そこで、第二次出向命令を拒否したことを理由としてなされた本件解雇もまた無効といわなければならない。

二  争点3(賞与)について

被告の給与規定第三六条は、「賞与は、学院の経営状況、社会状況等を勘案して、職員の勤務成績、出勤率等に応じ、第三七条の計算対象期間に勤務し支給日に在籍する職員に対して、夏期及び冬期に支給する。但し、学院の経営が不振で賞与の支給が困難な場合はその支給を行わないことがある」と規定する。原告が過去に賞与の支給を受けていたことは争いないが、その支給額の計算根拠が不明であり、また、平成一一年以降、被告において、学院の経営状況、社会状況等を勘案して、他の従業員を含め、どのように賞与の支給がされたか不明であり、原告の勤務成績についての査定も必ずしも明らかでない。さらに、将来の賞与の額については、一層不確定要素が大きいといえる。そうすると、原告が過去に、夏期は四〇万円、冬期は六〇万円の賞与の支給を受けていたからといって、必ずしも平成一一年以降も同額の支給を受けるとはいえない。そうであれば、これを前提に、平成一一年以降の賞与の支給を求める部分は理由がないというべきである。

三  争点4(慰藉料請求権)について

原告に対する第一次及び第二次配転命令は、その根拠を欠くもので、違法なものといわなければならないが、第一次配転命令は被告において撤回され、第二次配転命令についても、その無効が確定することになれば、その地位は回復することになるから、慰謝料請求までは認められない。

四  結語

以上によれば、本件解雇は無効であるから、原告の雇傭契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求及び賃金(但し、賞与を除く)の請求については理由があるからこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

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